ヨレヨレオジサンの新米映像プロデューサー日記

66歳の新米映像プロデューサーの徒然日記

新米映像プロデューサーは何でも屋さん

そういえば、昨年65歳で映像プロデューサーを始めたときはほんとに何でも屋さんだったな。田舎の宿泊場所だったためか、団体でないと朝食サービスは提供出来ないと言われた。結局朝ご飯調達は私の役目となり、撮影スタッフのために朝6時に起床してコンビニを探して調達した。いろいろな手配もあり、準備もあり、夜遅くまで起きてたから眠いけど起きた。撮影が4日間なので4日間務めた。ジュース買い出し係もやったな。出演者が沢山いたので、一回で十数本買う。秋なのに晴天が続いて喉が渇く。朝渡したジュースだけでは足りない。監督兼タイムキーパーみたいなこともやりながらのジュース買い出し。みなさんの好みも聞かなければならない。そういえばあれは忘れられないな。サブカメラマンから、あんたはヒマなんだから、出演者のためのジュースをさっさと買って来い、まったく気が利かないんだからって。私は監督でプロデューサーなんだぞ、その口の利き方はないだろ。って言いたかったけど、撮影現場が気まずくなるからガマンしましたよ。高齢者にはもっと優しい言い方あるだろーよ。😂